2026年09月03日 更新

補助金の「大幅賃上げ特例」は使うべき?補助上限の増額と追加人件費を比較する判断基準

補助金の申請時に「大幅賃上げ特例を使えば補助上限が上がります」と聞くと、条件を満たせるなら利用した方が有利に見えます。

しかし、補助金は一度受け取れば終わる一方、引き上げた賃金は翌年以降も会社の人件費として残ります。

2026年9月時点で公募中の中小企業省力化投資補助金(一般型)第8回では、従業員数に応じた通常の補助上限が設定され、大幅賃上げ特例を適用すると上限が250万~2,000万円引き上げられます。

ただし、上がるのは補助率ではなく「補助上限」です。

(shoryokuka.smrj.go.jp)

そのため、「上限が500万円増えるから得」と判断するのではなく、実際に増える補助額、通常申請より増える人件費、設備導入後に生み出せる利益、要件未達時の返還リスクを同じ期間で比較する必要があります。

大幅賃上げ特例は「補助金を多くもらえる制度」だけで判断しない

大幅賃上げ特例の検討で最初に確認したいのは、条件を満たせるかではありません。

特例を使うことで、自社が実際に受け取れる補助額が増えるのかです。

中小企業省力化投資補助事業(一般型)第8回公募要領では、従業員数ごとの補助上限は次のようになっています。

第8回公募要領は2026年8月18日に公開されました。

従業員数通常の補助上限大幅賃上げ特例適用時上限の増加額
5人以下750万円1,000万円250万円
6~20人1,500万円2,000万円500万円
21~50人3,000万円4,000万円1,000万円
51~100人5,000万円6,500万円1,500万円
101人以上8,000万円1億円2,000万円

ここで注意したいのは、右端の金額をそのまま「特例を使えば増える補助金」と考えないことです。

例えば従業員10人の会社で、補助対象経費が2,000万円、補助率1/2なら、算出される補助額は1,000万円です。

通常上限1,500万円以内に収まるため、大幅賃上げ特例を使って上限を2,000万円へ引き上げても、交付見込額は1,000万円のままです。

通常上限に届かない投資なら、大幅賃上げ特例による金銭的なメリットは基本的にありません。

まず「特例によって実際に増える補助額」だけを計算する

特例を検討する価値があるのは、補助率を掛けた金額が通常の補助上限を超える場合です。

その場合でも、上限の増加額と、実際に増える補助額は一致するとは限りません。

例えば従業員10人の会社が3,600万円の補助対象投資を行い、補助率が1/2だとします。

算出上の補助額は1,800万円です。

項目通常申請大幅賃上げ特例
補助対象経費3,600万円3,600万円
補助率1/21/2
算出補助額1,800万円1,800万円
補助上限1,500万円2,000万円
交付見込額1,500万円1,800万円
特例による増加額300万円

上限自体は500万円増えますが、この案件で実際に増える補助額は300万円です。

したがって、以降の人件費計算でも比較対象にするのは500万円ではなく300万円です。

申請支援者から「特例なら上限が500万円上がります」と説明を受けた場合も、必ず自社の補助対象経費と補助率を当てはめて、実際の増加額を出してください。

追加人件費は「賃上げ総額」ではなく通常申請との差額で考える

大幅賃上げ特例を使わなくても、省力化投資補助金(一般型)には賃上げに関する基本要件があります。

そのため、特例の負担を計算するときに、賃上げ後の給与全額を特例コストとするのも正しくありません。

第8回公募では、基本要件として1人当たり給与支給総額の年平均成長率3.5%以上などが設定されています。

大幅賃上げ特例では、これにさらに2.5ポイントを上乗せし、合計で年平均6.0%以上とすることなどが求められます。

したがって、比較したいのは、

通常申請で必要になる賃金水準と大幅賃上げ特例を選んだ場合の賃金水準

この差額です。

例えば従業員10人、基準となる1人当たり給与支給総額が400万円の会社が、3年間、毎年同じ成長率で給与を引き上げると仮定して単純計算してみます。

年3.5%の場合年6.0%の場合10人分の年間差額
1年目414万円424万円100万円
2年目約428.5万円約449.4万円約209.5万円
3年目約443.5万円約476.4万円約329.2万円

この仮定では、3年間の追加給与負担は累計で約639万円になります。

なお、これは経営判断のための計算例であり、「制度上、毎年必ず6%ずつ昇給させなければならない」という意味ではありません。

実際の目標設定は公募要領上の年平均成長率の計算方法と、自社の事業計画期間に沿って確認する必要があります。

さらに会社側では、給与増に伴って社会保険料等の事業主負担も増える可能性があります。

つまり、先ほどの例で特例による補助金増加額が300万円なのに対し、給与だけで通常申請との差が約639万円になるなら、「300万円追加でもらえるから特例を使う」という理由だけでは成立しません。

補助金の追加額と追加人件費を同じ期間で比較する

一度だけ入る補助金と、数年間続く人件費を比較するには、時間軸をそろえる必要があります。

例えば、特例によって補助金が300万円増える一方、通常申請より追加で必要となる給与負担が3年間で639万円だったとします。

この場合、補助金だけで見れば、

追加補助300万円-追加給与639万円=▲339万円です。

ここへ会社負担の社会保険料等を加えれば、差はさらに広がる可能性があります。

ただし、これだけで「特例を使わない方がよい」とも断定できません。

大幅賃上げ特例を使う企業が本当に確認すべきなのは、給与増加分を補助金で回収できるかではなく、設備投資による生産性向上や粗利増加によって、増えた人件費を継続的に吸収できるかだからです。

補助金は賃上げ原資そのものではなく、省力化投資によって会社の収益力を高め、その成果を賃金へ還元するための投資支援として考える必要があります。

賃上げ原資を補助金ではなく導入後の利益から出せるか確認する

大幅賃上げ特例と相性がよいのは、「補助金が入るから給与を上げられる会社」ではなく、「設備導入後の収益改善によって、補助金がなくなった後も給与を維持できる会社」です。

例えば省力化設備の導入により、年間1,500時間の作業削減が見込まれるとします。

対象業務の時間コストを3,000円とすると、

1,500時間×3,000円=年間450万円の省力化効果です。

さらに生産能力の向上によって年間200万円の追加粗利が見込めるなら、年間効果は650万円になります。

一方、大幅賃上げ特例を選んだことによる通常申請との差額が年間250万円なら、

650万円-250万円=400万円の余力があります。

この状態なら、補助金が終了した後も投資効果から追加人件費を吸収できる可能性があります。

反対に、年間効果が150万円しかないのに追加人件費が250万円発生するなら、毎年100万円ずつ負担が増えます。

そのため一つの目安として、

設備導入による年間追加効果 > 特例による年間追加人件費

になっているか確認します。

この条件を満たせない場合は、特例を見送るだけでなく、そもそもの設備規模や事業計画を再確認した方がよいでしょう。

給与の成長率だけでなく事業場内最低賃金も別に確認する

大幅賃上げ特例を判断するときは、平均的な給与水準だけを見てはいけません。

低い賃金帯の従業員についても、別の条件があります。

第8回公募では、通常の基本要件として事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上の水準とすることが求められ、大幅賃上げ特例では+50円以上の水準とすることなどが要件となります。

最新の要件・計算方法は申請前に中小企業省力化投資補助金(一般型)公式サイトと公募要領を確認する必要があります。

つまり、

1人当たり給与支給総額は条件を満たしている
しかし最低賃金に近い従業員が条件を満たしていない

という状態もあり得ます。

申請前には、会社全体の給与支給総額だけでなく、

確認項目見る数字
1人当たり給与支給総額基準年度・目標年度
事業場内最低賃金最も低い対象者の時給
地域別最低賃金事業実施地域の基準
低賃金帯の人数今後追加昇給が必要な人数
計画期間3~5年間の給与負担

を別々に確認します。

特に複数拠点がある企業では、事業実施場所と地域別最低賃金の関係も含めて確認が必要です。

平均給与だけで「賃上げ要件を達成できる」と判断しないことが重要です。

要件未達時の返還リスクを最悪ケースで計算する

大幅賃上げ特例を選択するなら、「達成できる見込み」だけでなく「達成できなかった場合に会社が耐えられるか」まで考えます。

中小企業省力化投資補助金(一般型)よくあるご質問では、申請要件の未達時に補助金返還が発生する場合について案内されています。

大幅賃上げ特例についても、公募要領上の要件を満たせなければ、原則として補助上限引き上げ額に関する返還リスクを考える必要があります。

経営判断では、次のようなケースを想定します。

事業計画期間終了時の状態判断時に想定するリスク
大幅賃上げ要件を達成特例を維持
大幅賃上げ特例のみ未達上限引き上げ部分の返還リスク
基本の賃上げ要件も未達さらに返還が発生する可能性
売上低迷で賃上げ余力低下人件費と返還が同時に資金繰りを圧迫
計画以上に最低賃金が上昇必要な賃金水準が上がる可能性

制度上は、一定の事情により返還を求めない場合なども定められています。

ただし、申請時点では「返還されないケース」を前提に資金計画を組むべきではありません。

例えば特例による増加補助額が500万円なら、最悪の場合に500万円を返還しても資金繰りが破綻しないかを確認しておく方が安全です。

補助金を受け取った時点で全額を投資余力とみなさず、効果報告が終わるまで一定の財務余力を残しておく考え方が必要です。

大幅賃上げ特例を使う会社・使わない会社を5段階で判断する

ここまでの数字を確認したら、最後は「条件を満たせるか」だけではなく、特例を使う経済合理性があるかで判断します。

判断は次の順番で行うと整理しやすくなります。

判断YESならNOなら
①特例で実際の補助額が増えるか②へ特例不要
②もともと一定の賃上げを予定しているか③へ追加負担を慎重に計算
③設備投資による利益で追加人件費を吸収できるか④へ通常申請を検討
④最低賃金を含む特例要件を余裕を持って達成できるか⑤へ特例を見送る
⑤未達時の返還にも資金的に耐えられるか特例を検討通常申請を優先

この表で重要なのは、①だけで判断しないことです。

「補助額が増える」は特例を検討する入口にすぎません。

賃上げをもともと経営戦略として予定しており、省力化投資がその原資を生み、返還リスクにも耐えられる会社ほど、大幅賃上げ特例を使いやすいと考えられます。

逆に、「補助金を多くもらうために賃上げする」という順番になっているなら、通常申請へ戻って考えるべきです。

申請前に「特例あり・なし」の2つの事業計画を作る

大幅賃上げ特例を使うかどうかは、申請書を作り始めてから決めるのではなく、経営シミュレーションを2本作って比較します。

まず、通常申請と特例利用のそれぞれについて、次の6項目を並べます。

比較項目通常申請大幅賃上げ特例
交付見込額○万円○万円
交付額の差+○万円
1人当たり給与支給総額○万円○万円
3~5年間の人件費○万円○万円
投資による年間効果○万円○万円
未達時の返還想定額○万円○万円

この表を作れば、「補助上限が大きい方を選ぶ」という判断から離れられます。

なお、2026年8月18日に第8回公募要領が公開され、申請受付は9月中旬、締切は10月中旬が予定されています。

制度要件や計算基準は公募回によって変更される可能性があるため、実際の申請時には中小企業庁「省力化投資補助金『一般型』の第8回公募要領を公開」など最新の一次資料を確認してください。

特に第8回では給与支給総額などを測る基準年度の考え方も見直されているため、過去公募回のシミュレーションをそのまま使わず、応募する回の公募要領を基準に再計算することが必要です。

まとめ|最初に「追加でもらえる補助金」だけを計算する

大幅賃上げ特例は、条件を満たせる企業なら必ず使うべき制度ではありません。

判断する順番は、こちらにまとめました。

特例で実際に増える補助額
→通常申請より増える人件費
→設備投資が生み出す年間効果
→最低賃金を含む達成可能性
→未達時の返還リスク

最初に行うべきことは、3~5年分の給与シミュレーションを作ることでもありません。

まず、自社が予定している補助対象経費に補助率を掛けて、

通常申請ならいくら受け取れるか
大幅賃上げ特例ならいくら受け取れるか

の2つを計算してください。

差額がゼロなら、その案件では大幅賃上げ特例を検討する金銭的な理由は基本的にありません。

差額が300万円なら、次に「300万円のために通常申請より追加でいくら人件費が増えるか」を3~5年間で計算します。

そして、その追加負担を補助金ではなく、設備導入による省力化・生産性向上・粗利増加によって維持できるかを確認します。

「補助上限が増えるから特例を使う」のではなく、特例による追加補助額よりも、その後の賃上げを支えられる収益力があるかで決める。

これが、大幅賃上げ特例を一時的な補助金獲得策ではなく、中長期の経営判断として活用するための基準です。

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