2026年09月10日 更新

初任給をどこまで上げるべき?採用効果・給与逆転・総人件費から中小企業の上限を決める方法

新卒採用で「競合企業が初任給を上げたので、自社も上げなければ採用できない」と感じる企業は増えています。

実際、マイナビ「2027年卒 企業新卒採用活動調査」では、初任給を引き上げた企業は89.1%。

300人未満の企業でも88.5%に達し、平均支給額は23万7,903円でした。

初任給引き上げは、大企業だけの動きではありません。

一方、労務行政研究所「2026年度決定初任給の水準」では、東証プライム上場企業205社の75.6%が全学歴の初任給を引き上げ、大学卒の水準は26万5,708円でした。

中小企業にとって、この金額をそのまま目標にするのは現実的ではありませんが、大手企業との採用競争で給与水準が上がっていることは無視できません。

重要なのは、「初任給を上げるか」ではなく、採用効果を得ながら、既存社員との給与バランスを崩さず、3~5年後も維持できる上限額を決めることです。

初任給は「上げるか」ではなく「どこまで上げるか」で考える

市場全体で初任給が上昇していても、すべての企業が際限なく追随できるわけではありません。

自社の採用市場と財務余力を無視して大企業の水準へ合わせれば、採用に成功しても、その後の人件費が経営を圧迫する可能性があります。

調査によって対象企業や質問方法が異なるため、初任給引き上げ率は単純比較できません。

例えば、帝国データバンク「初任給に関する企業の動向アンケート(2026年度)」では、2026年4月入社者の初任給を引き上げる企業は67.5%、中小企業では68.2%でした。

一方、小規模企業は50.0%にとどまっています。

平均引き上げ額は9,462円です。

つまり、「9割近くの企業が上げているから、自社も大幅に上げるべき」とは言えません。

採用競争が激しい一方、企業規模が小さくなるほど原資確保が難しい実態もあります。

中小企業では、まず競合との差をどこまで埋めれば採用上の弱点を解消できるのかを考える必要があります。

全国平均ではなく「実際に採用で競合する企業」と比較する

初任給の上限を決めるとき、全国平均や有名企業の金額だけを見ると過剰な引き上げにつながります。

候補者が自社と比較している企業群を特定し、その市場で必要な水準を確認することが先決です。

例えば、自社の初任給が23万円の場合を考えます。

比較対象初任給
自社23万円
同地域・同職種の競合24~25万円
大手企業27万円
一部の高待遇企業30万円以上

この会社が「大手との差をなくす」ことを目的に27万円まで上げる必要があるとは限りません。

同地域・同職種で候補者が比較する企業が24~25万円なら、まず24万円、25万円へ引き上げた場合の採用効果を検証する方が合理的です。

市場水準を見る際には、厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」のような公的統計も参考になります。

同調査では、産業、企業規模、年齢、学歴などの条件別に賃金実態を確認できます。

全国平均は「正解の初任給」ではなく、自社の給与が市場からどの程度離れているかを確認する材料として使うことが重要です。

初任給を上げる前に「どの採用KPIを改善するのか」を決める

初任給を上げても、採用できない原因が給与以外にあれば、人件費だけが増えて成果が変わりません。

求人の認知不足、選考の遅さ、仕事内容の伝わりにくさなど、別のボトルネックがある可能性もあります。

まず現在の採用ファネルを数字にします。

採用KPI現状目標
応募数100人120人
面接者40人45人
内定者15人15人
内定承諾者8人11人
内定承諾率53%73%

このケースでは、応募数を増やすことより、内定後の辞退を減らす方が重要です。

マイナビの2027卒調査でも、初任給引き上げによって「求職者へのアピール」や「定着率」に効果を感じる企業が増えているとされています。

ただし、これは初任給を上げれば必ず採用成果が改善することを意味しません。

したがって、改定前に「初任給を2万円上げた結果、内定承諾率を53%から65%以上にする」のように目標を決めます。

給与改定後に何が改善すれば成功なのかを決められない場合は、初任給アップの費用対効果も判断できません。

初任給アップのコストは新卒社員だけで計算しない

初任給を月3万円上げて10人採用するなら、単純な追加人件費は年間360万円です。

しかし、中小企業が特に注意したいのは、既存若手社員への波及です。

例えば現在の給与が次のようになっている会社を考えます。

社員層現在の月給
新卒23万円
2年目24万円
3年目25万円
5年目28万円

新卒初任給を26万円へ上げると、2年目・3年目社員を追い越します。

既存社員25人について平均月1万円の給与調整が必要になれば、

1万円×25人×12か月=年間300万円

です。

新卒10人の追加分360万円と合わせると、

360万円+300万円=年間660万円

になります。

さらに給与の設定方法によっては、会社負担の社会保険料、残業単価、賞与などへ影響する場合もあります。

そのため、実際の改定時には給与規程や賃金体系も含めて総額を確認する必要があります。

初任給を1万円上げるときも、「1万円×新卒人数」ではなく、「給与調整が必要になる既存社員まで含めた総人件費」で判断することが重要です。

給与逆転は「既存社員全員を一律昇給」で解決しない

新卒社員より先輩社員の給与が低くなれば、不公平感や定着への影響が懸念されます。

しかし、逆転を避けるために全社員を一律で昇給すると、人件費増加がさらに大きくなります。

中小企業基盤整備機構のJ-Net21「新入社員の初任給を上げる場合、既存の従業員の給与も上げるべきでしょうか」でも、特に年齢の近い若手社員が不公平感を持つ可能性に触れたうえで、等級制度や賃金表、スキルとの関係を明確にする考え方が示されています。

初任給を下回る既存社員が生じる場合には、必要に応じて賃金調整を行う配慮も必要とされています。

例えば新卒を26万円にしたからといって、全社員を3万円上げる必要はありません。

社員層現状改定例考え方
新卒23万円26万円採用競争力を改善
2年目24万円26.5万円逆転を防ぐ
3年目25万円28万円経験・スキル差を反映
5年目28万円31万円等級・役割で決定

重要なのは金額そのものではなく、「なぜ新卒より高いのか」「何ができれば次の給与へ上がるのか」を説明できる給与体系になっているかです。

初任給引き上げを、若手社員の給与テーブルを点検する機会として捉えた方が、単発の採用対策で終わりにくくなります。

初任給アップに年間いくら使えるかを採用効果から逆算する

総人件費が分かったら、その追加投資によってどの程度の採用効果が期待できるかを比較します。

「会社に払える余裕があるか」だけでなく、「ほかの採用施策より費用対効果が高いか」を見るためです。

例えば初任給と既存社員の給与調整を合わせた年間追加負担が660万円だったとします。

一方、給与改善によって人材紹介会社からの採用を年間3人減らせて、1人当たり紹介料が120万円なら、

120万円×3人=360万円

の採用費を削減できます。

さらに採用予定数を確保できることで、欠員による外注や残業など年間200万円相当を削減できると仮定すれば、

360万円+200万円=560万円

の効果です。

この場合、

追加人件費660万円-採用関連効果560万円=年間100万円の実質追加負担

となります。

逆に、初任給を上げても応募数、内定承諾率、定着率がほとんど変わらなければ、660万円はそのまま固定費増になります。

したがって、初任給の上限を決める際は、少なくとも

追加人件費 ÷ 追加採用人数や、

追加人件費-削減できた採用費・欠員コスト

まで確認するべきです。

「給与を高くすれば採用しやすい」という一般論ではなく、自社の採用成果1人を増やすためにいくら追加投資することになるのかを計算します。

一律引き上げ以外の選択肢も比較する

初任給が市場より低いからといって、全職種を同額引き上げる必要はありません。

採用難易度が職種によって大きく違う会社では、予算を絞った方が費用対効果が高くなる場合があります。

判断方法は次のように整理できます。

方法向いている状態
全職種の初任給を引き上げ会社全体が市場水準を下回る
特定職種だけ引き上げエンジニア・専門職など一部だけ採用難
初任給を抑えて昇給幅を大きくする入社後の能力・成果を重視したい
手当・福利厚生を改善基本給全体への波及を抑えたい
給与以外の採用施策を改善初任給は市場並みだが採用できない

帝国データバンクの2026年度調査でも、中小企業からは人材確保のために初任給を上げたい一方、社会保険料やその他コストの上昇から大幅な引き上げが難しいという声が紹介されています。

限られた原資を全員へ薄く配るより、採用上のボトルネックになっている職種・条件へ集中させる方が合理的な会社もあります。

3~5年後の給与テーブルまで作ってから上限を決める

初任給は採用した年だけのコストではありません。

今年入社した社員は翌年には2年目となり、新たな新卒社員が入社します。

初任給だけを毎年引き上げれば、毎年のように給与逆転が発生します。

例えば初任給を26万円にするなら、少なくとも次のような将来像を置きます。

新卒26万円
→2年目27万円
→3年目29万円
→5年目33万円

この給与モデルを社員数に掛け、3~5年間の人件費を試算します。

その結果、初年度は払えても3年後には営業利益を大きく圧迫するなら、26万円は「採用時には払えるが、会社として維持できない初任給」です。

初任給の上限は、採用予算ではなく中期的な人件費予算から逆算する必要があります。

初任給は「上げる・限定して上げる・別施策へ回す」で判断する

最終判断では、「競合より安いか」だけでなく、採用課題・給与体系・総人件費をまとめて確認します。

自社の状態判断
市場より低く、辞退理由にも給与が多い初任給引き上げを検討
特定職種だけ市場差が大きい職種限定で引き上げ
若手社員との給与逆転が大きい賃金テーブルを先に再設計
初任給は市場並みだが応募が少ない求人・採用施策を改善
3~5年後の人件費を維持できない引き上げ幅を抑える
給与以外が主な辞退理由別施策へ予算を回す

つまり、初任給アップが適しているのは、給与が採用上の明確な弱点であり、その修正による総人件費増を中長期で負担できる会社です。

市場水準を追いかけるだけでこの条件を満たさない場合は、一律引き上げ以外の方法を選ぶべきです。

まとめ|まず「+1万円・+2万円・+3万円」の3案を作る

初任給をどこまで上げるべきかについて、すべての中小企業に共通する金額はありません。

マイナビ調査では初任給引き上げが中小企業まで広がり、東証プライム上場企業では大学卒26万円台という水準も確認されています。

しかし、それは自社が26万円に設定すべきという意味ではありません。

最初に行うべきことは、競合企業の最高額へ合わせることではなく、現在の

新卒・2年目・3年目・5年目

の月給を1枚の表にすることです。

そのうえで、初任給を

+1万円
+2万円
+3万円

にした3パターンを作り、

新卒社員の追加人件費
+既存社員の給与調整額
+給与改定に伴う会社負担
-削減できる採用費・欠員コスト

を比較します。

さらに、3~5年後まで給与テーブルを維持できるか確認してください。

「市場平均まで上げる」のではなく、採用成果を改善でき、既存社員との給与体系を壊さず、3~5年後も払い続けられる金額を初任給の上限にする。

これが、初任給引き上げ競争に中小企業が無理なく対応するための判断基準です。

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