IT導入補助金を活用する際に、「賃上げ要件」という言葉を目にして不安を感じた方も多いのではないでしょうか。
「人件費を上げないと申請できないの?」「どのくらい賃上げすれば対象になるの?」といった疑問は、経営者や申請担当者の間で非常に多く聞かれます。
確かに、賃上げ要件は一見ハードルに思える制度です。
しかし、実際には賃上げを行うことで補助率が上がり、企業の成長を後押しするチャンスにもなる仕組みとなっています。
制度の背景には、国が中小企業の生産性向上と人材定着の両立を目指しているという明確な意図があります。
この記事では、「どのくらい賃上げすれば対象になるのか」「賃上げをどのように計画・報告すべきか」を、2025年最新情報に基づいてわかりやすく解説します。
さらに、単なる制度対応にとどまらず、賃上げを経営の成長戦略として活かす視点まで掘り下げていきます。
この記事を読めば、「賃上げ=義務」ではなく、「補助率アップ+人材投資のチャンス」として前向きに活用できるようになるでしょう。
それでは、まずはIT導入補助金における賃上げ要件の基本構造から見ていきましょう。
賃上げ要件とは?枠別に見る「何を」「どれだけ」上げるべきか

IT導入補助金における「賃上げ要件」は、単なる条件ではなく、補助率を高めるチャンスでもあります。
賃上げを実施することで、補助金の上限額が増えたり、審査で有利に働く仕組みが導入されており、企業にとっては“戦略的な申請ポイント”といえます。
ここでは、制度で定められている具体的な賃上げ基準と、その数値の意味をわかりやすく解説します。
給与支給総額の年率平均1.5%以上増加という条件
まず1つ目の条件は、「給与支給総額を年率平均1.5%以上増加させること」です。
これは、従業員全体の給与支給額を前年度比で1.5%以上増やすというもので、基本給・賞与・各種手当などを含む「総支給額」で判断されます。
たとえば、前年の給与支給総額が1,000万円の場合、翌年度には1,015万円以上に増えていれば条件を満たす計算です。
注意すべきは、個々の従業員ごとの賃上げではなく、事業全体としての総額で評価される点です。
この基準は、単なる義務ではなく、生産性向上に対する国の期待値を示しています。
ITツール導入による業務効率化が進めば、自然と人件費に還元しやすくなるという発想から設定されています。
事業場内最低賃金を「地域別最低賃金+30円以上」にするという条件
もう1つの代表的な賃上げ基準が、「事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上にする」というものです。
この条件は、従業員の中で最も低い時給水準が、地域別最低賃金を30円以上上回っていることを求めています。
たとえば、東京都の最低賃金が1,113円の場合、最低賃金+30円=1,143円以上を支給していれば条件クリアです。
この基準は、企業の賃金格差を是正し、全体的な底上げを促す狙いがあります。
特に小規模事業者では、パート・アルバイトの賃金改善が賃上げ要件の中心となるケースが多く、最低賃金+30円の水準を意識した給与設計が重要です。
また、より高い水準(+50円、+70円)を設定することで加点評価を受けられるケースもあります。
つまり、“ほんの少しの引き上げ”で申請優位性を得られる制度といえるでしょう。
枠・補助金額による「必須要件/加点要件」の違い
IT導入補助金では、申請する「枠(通常枠・賃上げ枠など)」によって、賃上げが必須条件か加点条件かが変わります。
代表的な違いは以下の通りです。
| 区分 | 賃上げ要件の位置づけ | 主な内容 |
| 通常枠(A類型・B類型) | 加点要件 | 賃上げを行うことで採択率が上がる |
| 賃上げ枠(デジタル化基盤導入枠など) | 必須要件 | 1.5%以上の総額増または+30円以上の賃上げが必須 |
| 複数社連携IT導入枠 | 一部必須 | 代表事業者が賃上げ要件を満たす必要あり |
つまり、すべての事業者が強制的に賃上げを行う必要はなく、「賃上げをするほど補助率が上がる」「採択のチャンスが広がる」という“前向きな選択肢”として位置づけられています。
賃上げ要件は「制度対応」ではなく「企業戦略」
賃上げ要件は、国が求める形式的な条件ではなく、企業の成長戦略に直結するチャンスです。
給与支給総額の1.5%増や最低賃金+30円といった基準は、一見厳しく見えますが、業務効率化による余力を社員に還元することで実現可能な範囲です。
特に、賃上げ枠で申請すれば補助率が上がるため、コスト負担よりも投資リターンの方が大きくなるケースもあります。
つまり、「賃上げ=コスト」ではなく、「賃上げ=企業価値を上げるチャンス」。
次の章では、この制度を実際に活かすために必要な手続きや報告の流れを解説します。
申請時・申請後に必要な手続きと表明・報告の流れ

賃上げ要件を満たすには、単に給与を上げるだけでは不十分です。
申請時の「表明」と、採択後の「報告」という2段階の手続きを通じて、制度上の要件をクリアする必要があります。
この章では、賃上げの意向をどのように申請書に反映させ、実施後どのように報告すべきかを整理します。
賃上げ計画を策定し、従業員に表明する必要性
申請時には、「賃上げ計画」を策定し、社内に表明することが求められます。
これは、経営者が単に制度に合わせて申請するのではなく、企業として賃上げに取り組む意志を明確に示すプロセスです。
具体的には
・社内掲示や就業規則の改訂で「賃上げ実施予定」を明文化
・計画書に「目標賃金水準」「実施時期」「対象人数」を明記
・支援事業者と連携して、IT導入後の生産性向上計画と関連づける
こうした「社内周知」があることで、単なる給与改定ではなく、組織全体の成長施策としての賃上げが認められやすくなります。
対象枠・補助額ごとの報告義務と達成未達のリスク
賃上げ要件を満たした事業者は、採択後の実績報告時に賃上げの達成状況を証明する必要があります。
たとえば、賃金台帳や給与明細、就業規則などを提出し、賃上げが実際に行われたことを証明します。
達成できなかった場合、以下のようなリスクが生じます。
| 状況 | 影響 |
| 一時的な未達(やむを得ない理由) | 減額支給または一部返還 |
| 明確な未達・報告遅延 | 補助金全額返還の可能性あり |
| 故意または虚偽報告 | 次回以降の補助金・助成金申請で減点・不採択リスク |
つまり、「賃上げ計画を立てる=その後も責任を持って実行する」という流れが前提になります。
ただし、計画を提出した時点で申請が不利になることはなく、むしろ「具体的な意志を示す企業」として加点対象になります。
加点を狙うなら「事業場内最低賃金+50円以上」などの選択肢
より高い賃上げ水準を設定することで、審査上の加点や補助率アップが見込めます。
具体的には、次のような水準が評価対象になります。
| 賃上げ幅 | 補助率・評価への影響 |
| 最低賃金+30円 | 基本条件(必須または加点) |
| 最低賃金+50円 | 加点対象、審査で有利 |
| 最低賃金+70円以上 | 高評価/採択優先度上昇 |
このように、「+30円」だけでなく「+50円」などを目指すことで、補助金の採択率アップ+企業イメージの向上という二重の効果を得られます。
特に採択競争が激化している2025年度は、「どうせやるなら+50円を狙う」戦略が有効です。
計画的な表明と報告が“賃上げ成功”の鍵
賃上げ要件を満たすには、給与を上げるだけでなく、計画の立案・従業員への表明・報告の徹底が欠かせません。
これらを一貫して行うことで、補助金申請がスムーズになるだけでなく、社内の信頼と意欲も高まります。
制度を「やらされるもの」と考えず、「活用して成長を促すもの」として前向きに取り組むことが、賃上げ成功への近道です。
次の章では、賃上げ要件を実際にクリアするための実務チェックポイントと、注意すべき落とし穴を解説します。
賃上げ要件を満たすための実務チェックポイントと注意点

IT導入補助金で賃上げ要件を満たすには、単に給与を上げるだけでなく、制度上の定義に基づいた正確な算定と報告が必要です。
とくに、「どの支給項目が対象に含まれるのか」「従業員数はどう数えるのか」「未達になった場合はどうすべきか」など、細部の理解を誤ると申請後の減額・返還リスクが生じます。
ここでは、実際の申請・報告時に注意すべき3つのポイントを解説します。
給与支給総額の算定方法とIT導入補助金での扱い(対象・除外項目)
賃上げ要件の中核となる「給与支給総額の年率平均1.5%以上増加」には、どの支給項目を含めて計算するかという明確なルールがあります。
IT導入補助金では、従業員に支払う通常の給与・手当・賞与などを合計したものが対象となり、
役員報酬や退職金などは除外されます。
以下の表に整理しました。
| 区分 | 算定に含まれる | 除外される |
| 基本給・手当 | 基本給、通勤手当、残業手当、資格手当など | 役員報酬、代表者給与 |
| 賞与 | 全従業員対象の賞与・ボーナス | 特定社員のみの臨時手当 |
| その他 | 定期的に支払う給与・手当 | 福利厚生費、出張旅費、交際費など |
ポイント
・賃上げ率は「総支給額ベース」で計算されるため、人数変動があっても支給総額そのものの伸びで判断されます。
・「一時的に賞与を増やして平均を上げる」などの短期的な対応は認められず、継続的な増加傾向が求められます。
・複数年度で見た場合、1年目に上げても翌年に下げると平均で未達扱いになる場合もあるため、中期的な給与設計が必要です。
この基準を理解せずに「従業員全員の給料を少し上げれば良い」と考えてしまうと、後の実績報告で「対象外項目が混ざっていた」として再提出になることが多いため注意が必要です。
申請前に確認すべき企業規模・対象従業員の定義
賃上げ要件は「全企業共通」ではなく、申請区分ごとに求められる条件が異なります。
特に、IT導入補助金には「通常枠」と「賃上げ枠」があり、それぞれで適用の範囲が違います。
| 区分 | 主な対象 | 賃上げ要件の扱い |
| 通常枠(A類型・B類型) | 中小企業・小規模事業者 | 賃上げは加点要件(実施で採択率UP) |
| デジタル化基盤導入枠(賃上げ枠) | 小規模事業者・個人事業主も対象 | 賃上げは必須要件(未達は返還対象) |
また、対象となる従業員は「常時雇用している従業員(正社員・パート・アルバイトを含む)」です。
外部委託者や短期契約のスタッフは対象外となります。
さらに注意すべきは、「事業場内最低賃金+30円以上」という条件を満たす際、「誰を基準に算定するか」を明確にしておく点です。
最も賃金が低い従業員(パート・アルバイトを含む)の時給が基準以下の場合、1人でも基準未達だと全体で条件を満たさないと見なされる場合があります。
💡実務上のコツ
・賃上げ計画の策定時点で、全従業員の賃金分布を一覧化しておく。
・パートや時短勤務者も含めて、「最低時給+30円」を超えているかをチェック。
・企業規模別の補助金枠(通常枠/賃上げ枠)の選択を早めに決めておく。
賃上げ計画が未達になった場合の対応と報告手続き(返還回避のコツ)
もし賃上げ計画を提出したにもかかわらず、目標を達成できなかった場合、補助金の一部または全額が返還対象となる可能性があります。
ただし、IT導入補助金では「やむを得ない理由(売上減少・自然災害・事業環境変化など)」がある場合、報告時にその理由を明確に説明すれば減額や再評価の対象となります。
未達となった際の基本的な対応フローは以下の通りです。
1.実績報告時に、賃上げ実績(給与台帳・賃金台帳)を提出
2.達成率が未達の場合、その理由を説明文で提出
3.事務局の審査により、返還・減額・猶予のいずれかが決定
重要なのは、未達自体ではなく「正確に報告しているかどうか」です。
虚偽報告や報告遅延は、次回以降の補助金・助成金の審査で減点対象になることがあります。
💡ポイント
・賃上げ目標は実現可能な水準で設定すること。
・達成困難になった場合は早めに支援事業者や申請サポート窓口へ相談。
・「報告できる形」で証憑(給与明細・振込記録・就業規則改定)を残しておく。
このように、実績ベースでの「説明責任」を果たしていれば、返還リスクを最小限に抑えることができます。
制度を正しく理解すれば、賃上げ達成は十分可能
IT導入補助金の賃上げ要件は、一見複雑に見えますが、制度の定義と算定ルールを理解すれば、十分に達成可能な水準です。
重要なのは、
・「どの支給項目が対象か」を正確に把握すること
・「対象従業員と最低賃金」を明確に管理すること
・「報告できる証拠」を日常的に蓄積しておくこと
これらを意識することで、形式的な書類作業ではなく、「制度を使いこなす」経営行動へと昇華できます。
次の章では、賃上げを単なる義務ではなく、経営の成長エンジンに変える考え方を解説します。
賃上げを“義務”で終わらせない、IT導入補助金を経営成長の起点にする発想

賃上げ要件は「制度の条件」ではありますが、見方を変えれば企業成長を後押しする絶好のチャンスです。
補助金でITを導入するだけでなく、それをきっかけに「人材に還元し、生産性を高める流れ」を作ることができれば、補助金の効果は一時的な支援ではなく、中長期的な競争力強化の投資になります。
賃上げはコストではなく「人材定着」と「生産性向上」への投資
賃上げというと「支出が増える」「負担が増す」と捉えられがちですが、実際にはそれを通じて離職率の低下・モチベーション向上・業務効率化などの副次的効果を得られることが多くあります。
特に、IT導入補助金を使って業務を効率化すれば、浮いた時間や人件費を従業員への賃金改善に再投資することが可能です。
これは単なる賃上げではなく、企業全体の「人材価値」を底上げするサイクルです。
補助金活用と人件費改善を両立させるための計画設計
賃上げを効果的に行うには、IT導入後の業務改善効果を具体的に数値化し、その成果を給与水準に反映させる計画を立てるのが理想です。
たとえば
・業務効率化により、1人あたり月5時間の残業削減→生産性向上率2%
・浮いたコストの一部を給与改善に充当→賃上げ率+1.5%達成
このように、「補助金で導入したITツールがどう生産性を上げ、賃上げを実現するのか」を明確にすれば、審査でも高評価を得られるうえ、経営的にも持続可能な仕組みになります。
「制度に合わせる」から「制度を使いこなす」へ、持続的な給与改善の仕組み化
賃上げを“単発の条件クリア”で終わらせないためには、制度に振り回されるのではなく、自社の成長戦略の一部として制度を活用する姿勢が重要です。
たとえば
・IT導入で見える化したデータをもとに、業績連動型の給与制度を整備
・社員のスキルアップを評価に反映し、賃金改善の仕組みを内製化
・補助金活用を「経営改善サイクル」の中に位置づける
このように、「制度を使いこなす経営」=長期的な競争力の源泉となります。
賃上げは企業の未来への“投資宣言”
IT導入補助金の賃上げ要件は、国からの「生産性と人材を同時に高めてほしい」というメッセージでもあります。
単なる条件としてではなく、企業が自らの成長を証明する機会として取り組むことで、補助金の枠を超えた成果──「人材が育ち、企業が選ばれる」環境を実現できます。
「賃上げを義務ではなくチャンスと捉える」こと。
それが、2025年以降の補助金活用を成功に導く最も重要なポイントです。
賃上げは“義務”ではなく企業を成長させるチャンス

IT導入補助金の賃上げ要件は、一見すると「条件が厳しい」「面倒そう」と感じるかもしれません。
しかし、その本質は“企業の生産性を高め、人材に還元して成長を促す”ための制度です。
給与支給総額の1.5%増や、最低賃金+30円といった基準は、中小企業でも十分に実現可能なラインに設定されています。
さらに、これを達成することで補助率アップ・採択優位・信頼性向上という大きなメリットが得られます。
つまり、賃上げ要件は企業経営のブレーキではなく、むしろアクセル。
IT導入による効率化で生まれた余力を社員に還元し、その結果として、企業の定着率・モチベーション・業績を好循環で引き上げていくことができます。
✅賃上げ要件を活用するための3つのポイント
1.制度の目的を理解すること
賃上げは「形式的な条件」ではなく、国が掲げる“生産性向上と人材定着”の両立支援策。
2.自社の現状を見える化して計画を立てること
給与総額・最低賃金・対象従業員を正確に把握すれば、リスクは最小限。
3.「達成できる賃上げ」から着実に実行すること
無理のない目標設定と報告手続きを守れば、補助金を安心して受け取れる。
2025年のIT導入補助金は、「賃上げ枠」=企業変革の起点。
賃上げを単なる義務ではなく、補助金を味方にした経営戦略の一部として活用することで、中小企業でも持続的な成長を実現できます。
賃上げ=負担ではなく、未来への投資。
この一歩が、あなたの企業の競争力を確実に高めるチャンスになるはずです。
